骨折しやすい犬種
2018年のアニコムの家庭どうぶつ白書の犬の飼育割合ではトイプードルが一番多いが、保険請求割合はポメラニアンとイタグレのほうが多い。特にイタグレの保険請求割合が突出しており、再手術や再骨折を繰り返していると考えられる。
当院で橈尺骨骨折を3Dギプス治療した犬は半数がトイプードルで以下ポメラニアン、イタグレと続く。トイプードルの橈尺骨は雑種犬に比べて海綿骨が貧弱であり、ポメラニアンとイタグレは更に貧弱である。海綿骨の量が骨折しやすさに関連があると考えられる。
海綿骨とは
骨は皮質骨と海綿骨の複合材であり、軽量化に加えて単一材に比べて高い強度と耐久性を持つ。海綿骨の梁の構造は着地における衝撃を分散し吸収する。また、海綿骨は骨折の再生に重要な骨髄幹細胞を大量に含む。
骨折の治り方
骨折部位に漏出した骨髄幹細胞が軸圧負荷によって骨芽細胞に分化する。
従来のギプス治療と問題点
ギプス治療は折れた足の周囲を固定して骨が癒合するまで安静に過ごさせる。亀裂骨折は治療が可能だが、完全な骨折は治せない。
従来のギプス固定の問題点
完全骨折した骨折は、ゆるい固定では不安定に曲がり、硬い固定では数週間で筋肉萎縮や骨密度の低下や骨の湾曲が起こる。強固なギプス固定を1カ月くらい続けると、骨密度が低下し萎縮性偽関節や骨の湾曲が起こり骨の治癒は不可能になる。従来のギプスで完全骨折を治すことは不可能である。
犬の前足骨折の手術の問題点
材料と固定の仕方
- 皮質骨の弾性率は15〜30GPa、海綿骨は約0.1 〜2 GPa
- 3Dギプスで使用する繊維強化プラスチックの力学的挙動は皮質骨と極めて類似している。
- 複合材料は非常に軽量で比強度(重量に対する強度)が高く、軽量でありながら非常に強い構造を持つ。
ステンレスの単材料は反復刺激に弱いため、破折や湾曲が起こる。チタン合金では生体親和性が高いためインプラントの抜去がしにくく、抜去しても再骨折が起こりやすい。
臨床的な問題点
- 運動制限が必要
- 治療期間が長い(5〜6ヶ月)
- 再骨折しやすい
- 金属の装着と抜去で2〜3回の手術が必要
- 金属が破折や湾曲したら再手術
- 治療費が高額になる
再生における問題点
プレート法
スクリューが橈骨の海綿骨の幅を超える場合は骨髄内の血流を遮断するので骨折部位で骨芽細胞を阻害します。また。応力遮蔽によりプレート下の橈骨と尺骨が萎縮します。
ピンニング法
通常は仮骨形成が起こるため骨が太く再生するのですが、小型犬では骨髄腔を完全に遮断してしまうため仮骨形成が起こりません。また、ピンは横方向の応力に対して弱いため、ピンが細いと破折や湾曲が起こります。しかし、太いピンを使うと骨が細くなる骨融解が起こります。
創外固定法
骨折部位を橋渡しするように金属で固定します。骨の固定が不安定で、金属が皮膚から露出するため手術後の管理が難しいです。また、挿入したピンが骨髄腔を遮断するため骨の再生も阻害します。骨折の手術法として選択されることは少ないです。
小型犬の橈尺骨骨折の手術と問題点
1、応力遮蔽
骨にかかるべき荷重をインプラントが吸収するため骨に十分な軸圧負荷がかからず、橈尺骨の脆弱化と骨吸収が進行する。小型犬は橈骨の骨が細いため、インプラントによる応力遮蔽の影響が大きくなります。特にインプラントに並列する尺骨の消失が顕著である。
インプラントの応力遮蔽で尺骨が消失すると手首は外反する。連続性を失った尺骨は徐々に肘側まで萎縮し、肘頭まで消失すると肘関節の可動域が狭くなる。
2、骨髄からの栄養供給路の遮断
骨髄腔が完全に閉鎖されると骨折部位に骨髄幹細胞と栄養供給路の供給ができなくなる。骨髄腔が狭い橈骨ではピンで完全に遮断されると骨髄幹細胞が骨折部位に届かないため仮骨形成は起こらない。栄養血管も遮断されるため骨は細くなり、日に日に骨は消失していく。
3、材料と固定法
- チタン合金は生体親和性が高すぎるためインプラントの抜去がしにくく抜去しても再骨折しやすい。
- 金属の単一材料は反復刺激で破折や湾曲が起こりやすい。
- 繊維強化プラスチックの力学的挙動は皮質骨と極めて類似している。
インプラントの破折と湾曲
ダブルプレートでも歩行の反復刺激による金属の破折は防げない。尺骨の癒合不全があり足先が外方に曲がる。
4、インプラントの細菌感染
細菌感染の原因は手術中の汚染や、皮膚が薄い犬種(イタグレ、ウイペット)の皮膚裂傷によるプレート露出です。骨は癒合遅延、癒合不全、偽関節、プレート下の橈骨萎縮などが起こる。スクリュー孔の拡大は骨髄中への感染が示唆され骨融解になる。
5、プレート手術後の海綿骨の消失
小型犬の細い骨でプレート手術や創外固定手術すると骨髄の血流が遮断されるため、数ヶ月後には海綿骨が皮質骨に置換されることがある。海綿骨を消失すると歩行の反復刺激で再骨折しやすい。また、プレート中央付近の骨は脆弱化するためプレート抜去後に再骨折を起こしやすい。
6、骨折の治癒が明確に分からない
プレートやピンニング手術は仮骨を形成しないので骨癒合が判断できない。インプラントを抜去して数日後に再骨折する症例がある。
7、運動制限
当院で橈尺骨の完全骨折を治療した犬181頭の85%は2才以下の若く活発な犬であり、ジャンプや駆け足を管理することは不可能である。
手術後の再骨折
海綿骨と骨髄が消失した場合の再骨折は、3Dギプス治療でも治癒まで3カ月〜6カ月程度かかる。複数回の手術などで骨へのダメージが大きい場合は回復が不可能です。
3Dギプス治療で再生できる骨と再生できない骨
再生できる骨
- 1才以下
- ピンニング手術
- 手術して時間が経っていない
- 肥厚性偽関節
回復が難しい骨
手術によるダメージが大きいほど回復は困難です。
- 複数回のプレート手術
- ダブルプレート手術
- 太いスクリューによる骨へのダメージ
- スクリューに細菌感染
- 萎縮性偽関節
まとめ
- ギプス固定で完全骨折を治癒させることができない。
- 手術で治療できる骨の細さには限界がある。インプラントの直径が海綿骨の幅を超える場合は骨髄の血流を遮断し、骨再生を阻害する。
- 細い橈骨をプレートで固定すると応力遮蔽による尺骨に骨吸収が起きる。
- 手術後の適切な運動量は不明であり、着地の反復刺激によるインプラントの破折や湾曲のリスクは避けられない。
犬の前足骨折の治療は手術から3Dギプスへ変わります
小型犬の橈尺骨骨折の手術では癒合不全の原因(応力遮蔽、骨と金属の弾性率の差、骨髄腔遮断、犬の運動制限)は回避できません。細い骨では手術のダメージが大きく、不可逆的なリスクは許容できません。当院は、学会発表や他の獣医師への実習などを通じて3Dギプス治療法の普及を目指しています。